2011/3/25 菅田のいかせんべい(宮古)

3/25 菅田のいかせんべい(宮古)

宮古のお菓子と言えば「菅田のいかせんべい」!
明治14年創業より地元の人々から愛され続けている正に!元祖いかせんべい。

偶然にも知人が宮古へ物資を届けに行くと聞き、同乗させてもらうことができました。
(当時は盛岡市や岩手の内陸もガソリン不足で、移動手段を断たれた人がほとんどでした。)

そこで、一早連絡を取る事ができた菅田のいかせんべいこと菅田さんに、
わずかな物資を持って震災後初めての訪問をご承諾いただくこととなりました。


                             +-----+-----+



菅田さんの店舗は、宮古市の中心部の商店街にありました。

3/27宮古(市役所)
宮古市の中心部にある市役所


津波は商店街の中まで入ってきており、皆家財道具を野外に出している状態。

「ここは本当に日本なの?」
私が今まで見てきた日本のどの町とも相容れない状況に思わず、息をのみ言葉を失うことしかできませんでした。


もし言葉にすることができるなら

「無法地帯のような」

市街地であるが故に、そう感じた今まで見たことない状況でした。


3/27菅田のいかせんべい(黒田町)
宮古商店街の中にある菅田のいかせんべい販売店


私がお店に着いた時、菅田さんは店内の清掃中でした。

にも係わらず快く出迎えてくださり、被害の状態をお話してくださいました。


「幸いにも家族はみな無事でした。」

「お店は130cmの高さまで水が来て、商品がほとんど浸かってしまいました。」

「わずかに水をかぶったものもありますが、重油もまざってる可能性があるので
販売できるような物は残っていないんです。」

「パソコンも水没だから保障が効かないし、請求書もデータがないからわからなくなって…」

「うちのイカ煎餅は、手作業が多く1度に焼けるお煎餅は8枚なんです。
お煎餅を焼く機会は、藤原の工場の方にあったけど海水と重油でほとんどが駄目になりました。」


菅田のいかせんべい(藤原工場1)
いかせんべいの工場があった藤原(菅田さん提供写真)


菅田のいかせんべい(藤原工場2)
いかせんべいの工場の周辺(菅田さん提供写真)


「でも、コレだけ大丈夫だったんです。」

と、

藤原にある工場から店舗まで自力で運んできたという、
奇跡的に無事だった大きな機械を触って教えてくださいました。


「すぐには再開は厳しいけど、、、

たくさんの方から励ましの声をもらって本当に感謝しているんです。

だから、また再開できるようにしたいと思ってますよ!」


                             +-----+-----+



津波の被害はもちろん膨大なものですが、
小さな被害も1つ1つが積み重なることで想像以上の重さになるのだと感じました。


しかし、

内陸から来た私が逆に元気をもらってしまう程、

菅田さんは前向きに、一歩ずつ、前に進まれていました。



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