ふるさと 陸前高田でもう一度 (八木澤商店:陸前高田市)
2011/11/02
3.11 地震発生時、私は内陸部の盛岡にいました。
ラジオからは
「津波により壊滅的な陸前高田市・・・」 と何度も何度も。。。
何度も繰り返される【壊滅的】という言葉が全く理解・想像できず、数日後のニュースで陸前高田市の映像を見た時、
その意味が理解できました。
そして、震災から半年たった今、その陸前高田市へ初めて足を踏み入れました。
まさにその【壊滅的】という意味が、やっと自分のものとして実際に受け止めることができたような気がします。


*2011.10.4 陸前高田市
その陸前高田市から内陸方面へ向かうこと1時間。
山間にある大東町に、八木澤商店の大東営業所があり、今回はこちらにお邪魔しました。

もともと縫製工場だったところを借り受け、現在はこちらを拠点に営業再開されています。
【八木澤商店】 岩手県陸前高田市で200年以上続く老舗醸造元。


本物の素材・味にこだわり続けた八木澤商店のお醤油は、水産加工工場や飲食店などからも評判がよく、地元の皆さんから愛され続けるふるさとの味となっていました。
2011.3.11
東日本大震災で陸前高田市は壊滅的な被害を受け、
八木澤商店も、そこにあった街並みも全て津波に流されてしまいました。
まずは八木澤商店さんのHPをご覧ください。
・八木澤商店 HP
http://www.yagisawa-s.co.jp/index.html
・東日本大震災3.11.あの時、そしてこれから
http://www.yagisawa-s.co.jp/oideyo/index.html
・スタッフブログ
http://www.yagisawa-s.co.jp/hpgen/HPB/index.html
******************************************************************************
******************************************************************************
今回お話しを伺ったのは営業課長の吉田さんと企画課長の阿部さん。
*お二人の言葉を列記させていただきます。
【3.11 東日本大震災発生】
地震直後は、「すぐに戻れるだろう」と思い、軽装のまま従業員全員で高台へ避難しました。
しかし、近くの川の水がどんどん引いていく様子、津波が押し寄せる光景を見ながら
「これは本当に大変だ。。。どうしよう、、、」という思いでした。
実際に目の前で起こっていることが受け入れられない。
明日のことが考えられない状況でした。
気持ちの整理がつかず茫然とする中、【生きなくては】という思いが強くなってきて、
山から木を集め燃やし暖をとりました。
そしてみんな無言で火にあたっていましたね・・・。
津波が押し寄せた後の陸前高田の街は、街全体が海になってしまったようでした。
辺りは徐々に暗くなり、寒いし、近くでは学校が燃え、炎はこちらに近づいてくるし。。。
ただ見ているしかなかったです。
情報も全く入らず、どこにいけば人がいるのか、街はどうなっているのか分からなかった。
真っ暗で寒い中、何も無い外で皆で一晩過ごしました。
そして翌朝の朝日が本当に綺麗でした。。。
【震災後の不安】
会社の財産として残っているのはトラック2台だけです。
地震直後、1台は納品のため内陸方面を走っていました。もう1台は高田市内にいましたが、津波がすぐ後ろに迫る状況でなんとか逃げました。
仕事を再開するにあたり、全てが流され、会社としての形も何も無いこの状況からどうやって今後再建していくのか、全く分かりませんでした。
というか、再建できるのかどうか不安しかありませんでした。
現在、従業員は陸前高田市から毎日1時間かけ、バスで大東町まで通勤しています。
やはり大好きな慣れ親しんだ地元から離れて暮らすことはできないんです。

*震災後、無償で譲り受けたバス
朝に出発・出勤し、夜に地元に帰ると、一気に現実に引き戻されてしまいます。
モチベーションが持つのも夕方頃までですね。。。地元に帰るとどうしても不安になってしまいます。
でも、また朝になればやる気が出てきて・・・、その繰り返しです。
おかげさまで沢山ご注文をいただき忙しい状況ですが、地元の復興計画もままならず、今後会社だってどうなっていくかまだ不透明な状況なので、素直に全てが嬉しいというわけでもないんです・・・。
しかし、そればかり考えて悔んでいてもしかたがないし、だからこそがむしゃらに仕事をし気持ちを奮い立たせている状態です。
【復興への第一歩】
現在、同業の蔵元に協力してもらい、少ないアイテム数ながら、なんとか製造・販売までこぎつけました。
以前より品数は少なくなってしまったが、とりあえず「出せるものをお届けしたい」その一心でした。
こちらの新しいラベルは、無償で書道家の先生がデザインしてくださいました。
津波によって全て無くなってしまいましたが、このラベルのように、また一から、新しい八木澤商店として再スタートする気持ちです。
*書道家の先生が新しくデザインしてくれたラベルと、暖簾
行政に期待していないということではないんですが、誰かが牽引して、みんなを引っ張っていかないとなかなかも盛り上がってきづらいのかなと思います。
【八木澤商店=陸前高田市】 というイメージで、地元復興の第一歩として踏み出し、復活して行かなくては思っています。
ほんの微々たる一歩ですが。
【いずれは故郷 陸前高田市でもう一度・・・】
年明け頃を目標に、陸前高田に仮設の店舗を建てたいと考えています。
大東町もとてもいい所です。とてもよくして頂いてます。
しかし、やはり陸前高田に帰りたいんです。やはり陸前高田じゃなきゃだめなんです。
もとの場所で元の暮らしがしたいというのはもう叶わない事だと分かっていますが、
いつかは陸前高田に戻り、前よりいい街にしていきたいと思っています。
そして、陸前高田に自分達の工場をもう一度再建させます。これが最終的な目標です。
地元陸前高田の方々と一緒に復興していかないと、八木澤商店も復興したとは言えないと思うんです。

*明るく元気な雰囲気の所内。素敵な笑い声も。
その為には今私たちには商品を“売る”ことしかできません。それが生き残った者の責任だと思っています。
全国からの沢山の暖かい支援や大東町の皆さんの協力があったからこそここまでこれました。
沢山の方々の温かい気持ちを裏切らない為にも頑張るしかないですね。
亡くなった方々にも恥ずかしくないように・・・。

*八木澤商店 社員のみなさん

*大東営業所内に立てかけられた看板
株式会社 八木澤商店 大東営業所
〒029-0523
岩手県一関市大東町摺沢字沼田17-12
電話:0191-48-3532 FAX:0191-48-3526
http://www.yagisawa-s.co.jp
大きな地図で見る
ラジオからは
「津波により壊滅的な陸前高田市・・・」 と何度も何度も。。。
何度も繰り返される【壊滅的】という言葉が全く理解・想像できず、数日後のニュースで陸前高田市の映像を見た時、
その意味が理解できました。
そして、震災から半年たった今、その陸前高田市へ初めて足を踏み入れました。
まさにその【壊滅的】という意味が、やっと自分のものとして実際に受け止めることができたような気がします。


*2011.10.4 陸前高田市
その陸前高田市から内陸方面へ向かうこと1時間。
山間にある大東町に、八木澤商店の大東営業所があり、今回はこちらにお邪魔しました。

もともと縫製工場だったところを借り受け、現在はこちらを拠点に営業再開されています。
【八木澤商店】 岩手県陸前高田市で200年以上続く老舗醸造元。


本物の素材・味にこだわり続けた八木澤商店のお醤油は、水産加工工場や飲食店などからも評判がよく、地元の皆さんから愛され続けるふるさとの味となっていました。
2011.3.11
東日本大震災で陸前高田市は壊滅的な被害を受け、
八木澤商店も、そこにあった街並みも全て津波に流されてしまいました。
まずは八木澤商店さんのHPをご覧ください。
・八木澤商店 HP
http://www.yagisawa-s.co.jp/index.html
・東日本大震災3.11.あの時、そしてこれから
http://www.yagisawa-s.co.jp/oideyo/index.html
・スタッフブログ
http://www.yagisawa-s.co.jp/hpgen/HPB/index.html
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今回お話しを伺ったのは営業課長の吉田さんと企画課長の阿部さん。
*お二人の言葉を列記させていただきます。
【3.11 東日本大震災発生】
地震直後は、「すぐに戻れるだろう」と思い、軽装のまま従業員全員で高台へ避難しました。
しかし、近くの川の水がどんどん引いていく様子、津波が押し寄せる光景を見ながら
「これは本当に大変だ。。。どうしよう、、、」という思いでした。
実際に目の前で起こっていることが受け入れられない。
明日のことが考えられない状況でした。
気持ちの整理がつかず茫然とする中、【生きなくては】という思いが強くなってきて、
山から木を集め燃やし暖をとりました。
そしてみんな無言で火にあたっていましたね・・・。
津波が押し寄せた後の陸前高田の街は、街全体が海になってしまったようでした。
辺りは徐々に暗くなり、寒いし、近くでは学校が燃え、炎はこちらに近づいてくるし。。。
ただ見ているしかなかったです。
情報も全く入らず、どこにいけば人がいるのか、街はどうなっているのか分からなかった。
真っ暗で寒い中、何も無い外で皆で一晩過ごしました。
そして翌朝の朝日が本当に綺麗でした。。。
【震災後の不安】
会社の財産として残っているのはトラック2台だけです。
地震直後、1台は納品のため内陸方面を走っていました。もう1台は高田市内にいましたが、津波がすぐ後ろに迫る状況でなんとか逃げました。
仕事を再開するにあたり、全てが流され、会社としての形も何も無いこの状況からどうやって今後再建していくのか、全く分かりませんでした。
というか、再建できるのかどうか不安しかありませんでした。
現在、従業員は陸前高田市から毎日1時間かけ、バスで大東町まで通勤しています。
やはり大好きな慣れ親しんだ地元から離れて暮らすことはできないんです。

*震災後、無償で譲り受けたバス
朝に出発・出勤し、夜に地元に帰ると、一気に現実に引き戻されてしまいます。
モチベーションが持つのも夕方頃までですね。。。地元に帰るとどうしても不安になってしまいます。
でも、また朝になればやる気が出てきて・・・、その繰り返しです。
おかげさまで沢山ご注文をいただき忙しい状況ですが、地元の復興計画もままならず、今後会社だってどうなっていくかまだ不透明な状況なので、素直に全てが嬉しいというわけでもないんです・・・。
しかし、そればかり考えて悔んでいてもしかたがないし、だからこそがむしゃらに仕事をし気持ちを奮い立たせている状態です。
【復興への第一歩】
現在、同業の蔵元に協力してもらい、少ないアイテム数ながら、なんとか製造・販売までこぎつけました。
以前より品数は少なくなってしまったが、とりあえず「出せるものをお届けしたい」その一心でした。
こちらの新しいラベルは、無償で書道家の先生がデザインしてくださいました。
津波によって全て無くなってしまいましたが、このラベルのように、また一から、新しい八木澤商店として再スタートする気持ちです。
*書道家の先生が新しくデザインしてくれたラベルと、暖簾
行政に期待していないということではないんですが、誰かが牽引して、みんなを引っ張っていかないとなかなかも盛り上がってきづらいのかなと思います。
【八木澤商店=陸前高田市】 というイメージで、地元復興の第一歩として踏み出し、復活して行かなくては思っています。
ほんの微々たる一歩ですが。
【いずれは故郷 陸前高田市でもう一度・・・】
年明け頃を目標に、陸前高田に仮設の店舗を建てたいと考えています。
大東町もとてもいい所です。とてもよくして頂いてます。
しかし、やはり陸前高田に帰りたいんです。やはり陸前高田じゃなきゃだめなんです。
もとの場所で元の暮らしがしたいというのはもう叶わない事だと分かっていますが、
いつかは陸前高田に戻り、前よりいい街にしていきたいと思っています。
そして、陸前高田に自分達の工場をもう一度再建させます。これが最終的な目標です。
地元陸前高田の方々と一緒に復興していかないと、八木澤商店も復興したとは言えないと思うんです。

*明るく元気な雰囲気の所内。素敵な笑い声も。
その為には今私たちには商品を“売る”ことしかできません。それが生き残った者の責任だと思っています。
全国からの沢山の暖かい支援や大東町の皆さんの協力があったからこそここまでこれました。
沢山の方々の温かい気持ちを裏切らない為にも頑張るしかないですね。
亡くなった方々にも恥ずかしくないように・・・。

*八木澤商店 社員のみなさん

*大東営業所内に立てかけられた看板
株式会社 八木澤商店 大東営業所
〒029-0523
岩手県一関市大東町摺沢字沼田17-12
電話:0191-48-3532 FAX:0191-48-3526
http://www.yagisawa-s.co.jp
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